生まれた時に決まっている人生なのか?

投稿者: | 2020年4月17日

就職困難者である氷河期世代の人達を救う事業が始まったのに、このコロナウイルス蔓延により、経済困窮者が増え、またも頓挫しようとしています。

そして、来年に大学を卒業する方々、2022年に卒業を予定の人達の就職も非常にきびしくなると考えられます。

そうなると就職氷河期世代が増えていくだけであり、国として何か支援をしなくてはならないと思っている。

しかし、ウイルスが収束するであろう期間は前記事で書いたようにキーワードとして2年間が必要となるのではないかと書きました。

そうなると、街の飲食店から個人経営の店、体力の無い中小企業等の倒産や閉鎖により、雇用率は過去最悪を更新するのではないかと予測します。

その上、大手企業においても、コロナを言い訳に40代、50代の社員を早期退職に追い込む事も考えられます。

そうなると若い人から中年までの様々な年代の方が職を探すことになるでしょう。

でも、仕事する人材の器は限りがある。

好景気の時を生きてきた人と今のような災害とも呼べる状況下で生きて行かねばならない人との違いは、既に生まれて来た時に決められているように感じています。

何をしなくても良かった人
色々と苦労を重ねて生きて行かなくてはならない人

よくよく考えれば、病気や事故で早く亡くなる人やがんになっても復活して生きている人、もう運命としか考えられないように思っています。

その運命というレールの上を走っている我々であるが、その人の考え方や生き方で方向を修正することはできないものなのかと思ったりもします。

国は「1億総活躍時代」と称して年金を繰り下げ、75歳まで働かそうと模索しています。

しかし、このコロナウイルスの件で仕事が無くなれば、若手の人に高齢者は仕事を譲るのも手ではないかと思う。特に60歳以上の人達は正社員でいなければならいという事でもない。

若手に仕事や立場を譲り、早めに年金を受給すれば良い。
そのためには、60歳から年金を受給するための減額率を半減して行けば良い。

高齢者は死なず、ただ職を譲るだけ

これで良いのではないかと思う。

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