還暦を過ぎてからの遊びを考える

私も今年2月に還暦となりました。

本当に50代は過ぎ去るのが早かった。
あっと言う間に60歳となり先が見える状態に・・・・。

外見は普通のおやじに見えているようで日頃の遊びで多少は若返っているのかも知れません。

60歳の還暦を過ぎて「何をしたらいいのか?」、「一人で何をしようか?」と考えている御同輩が多いように思います。

今まで仕事一筋でやってきた人ほど陥り易い事です。

これから年金生活になって自分の使えるお金も限られ、質素に生活するようになる中で自分ひとりで居ても楽しめる何かを探さなくてはなりません。

「俺は夫婦で旅行に行くから大丈夫」

なんて言っている人は駄目です。
そんなに旅行って行きますか?

年に数回程度の旅行では自分の趣味とは言えません。
それに旅行にはお金もかかります。

旅行を趣味とするならば、お金のかからない工夫をして月に一度楽しめる等できるようにしないと日々の生活で老いていくだけとなるでしょう。

何もしなければ老いるのは早い。

これが一番問題です。

仕事を辞めて生活が変わってしまい、急に塞ぎ込んで高齢者になってしまう人が多くいます。これが何も生きがいとなる趣味をもっていない人です。

釣り、将棋・囲碁、ドライブ、バイク、キャンプ、旅行、PC・・・
色々と遊べるものはありますが、先ずは一人でも出来る遊びを作る事です。

麻雀等は四人居ないと出来ません。
PCやスマホで麻雀やっても直ぐに飽きてしまいます。

この還暦過ぎの遊び選択が老後の生き方として非常に大切なんですね。
そして年金生活をしながらでもお金がかからず継続していける趣味が最高です。

若い頃好きだった趣味が還暦過ぎにやっていけるのかも課題です。

それがスポーツであったりすると怪我をしたり、体が上手く動かない事で楽しいと思えなくなってしまいます。

趣味の土台となる物、アイテムは、60歳を過ぎて仕事をやりながら買い集めておく事も必要なのかも知れません。

いざ、年金生活になって「この趣味をはじめよう!」と思っても、必要な資材を購入する資金源がありません。預金を取り崩すようでは奥さんに叱られます。

遅くても60歳~65歳の仕事をしていられる間に「何をこれから始めるのか?」「必要な資材とは?」を念頭に入れ、少しずつ収集したりする事が大事です。

まとめると・・・・

①一人でも楽しめる趣味を見つける
②お金がかからない趣味
③準備は年金生活前にしておく

という事になるでしょうか。

「俺は仕事が趣味だから」
と言う言葉を言う人が多くいらっしゃいますが、仕事は趣味ではありませんよ。

周りから煙たがられる前に仕事を辞めて、残りの人生をは楽しく、死ぬ時はピンピンコロリと逝きたいものです。

早く仕事を辞めて毎日が日曜日になりたい

神奈川県は朝方雨が降っていましたが、晴れました!!

これで道路の水分が抜ければバイク日和になります。
今日は文化の日で祭日ですから、外出する人も多いかと思います。

私は勿論、仕事をしています。

基本的な休みは土日以外ありません(T_T)
夏休みもありませんし、年末年始も必ず3日までとなっています。

もう少し休日が増えると有難いと思っています。

何しろ平日が休めないので医者に行きたいと思ったら年休を使うしか方法が無く、60歳過ぎた私にとっては辛いものがあります。

定年を過ぎて60歳以降も働く事にするとなれば、パートやバイト的な時間給の仕事の方が無理が無く良いのかも知れません。

正社員で60歳を過ぎて働いていると、それなりの責任は問われますし、色々な面倒な作業的な事もやらねばならなくなり無理をする事になってしまうからです。

今は正社員で単一の仕事だけしていれば良いという時代ではないですから・・・。

皆さんの中には私のように「早く隠居したい」、「仕事を辞めて自由になりたい」などと思っている人沢山いらっしゃると思います。

60歳を過ぎれば何となく体力や頭(記憶や回転)が劣っている事が自覚できるようになります。私の場合には53.4歳の頃に何となく自覚しました。

そこを無理やり老後の生活のために貯金をしなければならないとか、家族(奥さん)のためにお金を残してあげたいとか考え始めると会社を早く辞めるという選択肢が自分の頭の中から無くなってしまうんですね。

体や頭が不自由になってきているのに、仕事を辞められない。

これがまた最高のストレスを生む事になってしまいます。

自分の父親は自営で自転車屋をしていましたが、死ぬまで現役でした。
仕事が好きであったとは思いますが、生活するという面で仕事を辞める決断が出来なかったのだと今は思っています。

自営なので年金は国民年金で額が少なく、少しでも生活が楽になるように仕事を細々続けていたと思うと早く隠居させてやりたかったと。

結果、お店で転倒してから急に体が弱くなった。
そして風邪を引き、肺炎で亡くなりました。
きっと頭の中には、仕事を辞めて好きな釣りをしたかったのだと思います。

今の社会は人間関係が非常に面倒です。

もうそんな人間関係の中に居たくはないし、無理をしなくても普通に付き合える友人などと居た方が楽であるし、精神的にもリラックス状態になれる。

老後の生活のために精神や体を壊してまで仕事をするべきではない。
自分の寿命を縮めるだけなのである。

後は、年金を開始時期をいつにするか?である。
繰り上げをすれば、額が少なくなる、でも65歳まで待っていられない気がする。

そうなると、仕事の携わり方を変更するしかない。正社員を辞めてパートやアルバイトに変わり、自分の好きな日数、時間だけ出勤する方法である。

問題は同じ会社にパートで居れば、同じ仕事をやらされるのがオチである。
前の仕事の縁が切れず、何かと使われてしまう恐れがあることだ。

我慢をして仕事を続けるか?
一発奮起をして辞めるか?
それとも働き方を変更するか?

非常に悩ましい選択をしなくてはならない状況である。

わざと面倒臭い事をやってみる

皆さん、自分の身の回りで面倒でやっていない事ありませんか?

良くある事としては・・・・・

1.自宅の修理修繕
2.掃除や車の洗車
3.医者に行く
4.実家などに用事がある
5.庭の草むしり
6.家の中の配置、模様替え
7.何かを作るDOIT的な作業

個々、悩みとして面倒な事が色々あると思います。

気にはなっているけどやる気が起きないというのが本音です。

しかし、そのまま放置プレイしておくのも何となく気になります。
常に心のどこかに引っかかっている状態でしょうか。

その中の一つや二つが片付くだけで気持ちは軽くなります。

これは仕事でも言える事です。

面倒だからついつい後回しにしてしまう仕事ありますよね。

それは・・・・

1.ファイル化して書類の整理をする とか
2.面倒な頼まれ仕事  とか
3.調べないと出来ない仕事   とか
4.人への連絡・調整 とか・・・・

ついつい締め日が来るまで放置してしまいがちですよね。

でも、この仕事も片付けた後は気持ち的にスッキリします。
曇り空から晴天に変わるような感じです。

面倒であるか無いかは自分で勝手に決め付けているだけなんですよ。

だから、「何も考えずに面倒な事を先に早く片付ける」というのが正解でしょう。

「よし!これで自分の好きな事が出来る!」となる訳です。

私のような60歳を過ぎたおやじに良くありがちなのは、口だけで仕事しているつもりになっている人が居るという事です。

部下、女子に面倒な事を押し付ける。
自分でやる、処理しようとする気持ちが全くない。

そんな人は脳みそが早く老化するでしょう。

仕事のやり方や手段を考えずに、いかに人にやらせるかという事しか考えられていないのです。

この手法はどんな時も同じ考え方になります。

仕事は色々あって、その都度、やり方、方法、手段が違います。
しかし、このやり方は仕事を誰に転嫁するか?だけの事なですよ。

他人にやらせておいて、自分がやったつもりでいる。
問題が起きれば、やらせた人に責任転嫁する。

この人の存在自体が「面倒な人」です。

こんな親父にはならないようにお願いいたします。

面倒な仕事を優先的にやっていると周りの見方は変わってきます。

腰は低く、若者の相談には耳を傾け、「面倒な人」の烙印を押されないようにしましょう。

御同輩、周りの若者は良く見ていますよ!!

生まれた時に死ぬ時は決まっている?

医学が発達して人間の寿命も延びました。

戦国時代では人生50年と言われていましたので、倍近くになったという事です。

寿命が長くなった分、中年からの人生が長くなり悩むことも多くなります。

余計な事は考えない方が良い。

そう思っていても「お金」、「家族」、「病気」、「仕事」で悩みが無くなる事はありません。

こんな悩みを抱えた人生ってどうなんでしょう。

人生50年の戦国時代の人は、一気に自分の人生が終わる感じで毎日、毎日に悔いが無いように生きていたはずだと思っています。

今の人生が生き方として良かったのか?正しかったのか?

そう考えたりする事はありませんか?

だいぶ前の記事で人生の分岐点で考えさせられる事、もし違う選択をしたならどうなった人生を送っているか考える時があると書きました。

誰でも人生の分岐点って持っているものだと思います。

「あの時、こうしておけば良かった」
「あの時、この女(男)を選んでおけば良かった」
「あの時、あの会社に入社すれば良かった」

尽きる事なく湧き出てきます。

「今、この結果が最高であり自分が選択した最上級の状況である」と思っていたい。

人生が長くなればなる程、人生の分岐への思いは多くなると考えます。

老化し体の動きが鈍くなっていく度に頭の中で考える事が増える。

そして今・・・・

人生100年時代と言われていますが実際はどうでしょうか。

長く生き過ぎてゾンビのような状態の人もいる。
痴呆が進んで家族も分からない。

だけど、外見はその人のまま。

姿、形は同じでも中身が変わった別人格の人間である。

「痴呆にはなりたくない」
そう思っていても知らない内に痴呆になっている事だろう。

自分の身体が知らない間に痴呆という生物に寄生されてしまうのである。

そんな状態になるのであれば、人生長くない方がましである。

私はどちらかと言うと「運命論者」である。

生まれた星の元で、死ぬ時は決まっていると考えている。

どんな病気でも生きる人がいれば、大した病気でもないのに死ぬ人がいる。
事故で死ぬ人、生きる人。

そのような人達は寿命の蝋燭が長いのである。

痴呆という生物に寄生されてしまった人は、まだ死ぬ時間では無いので生きながらえているのである。

死という最大の恐怖と心配事を忘れるために。

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