生活保護 –          おやじdemo_CentOSを使う
1月 282021
 

この雨、雪で湿度が上がれば感染も少なくなると良いですね。

今まで空気が乾燥していたのでウイルスも空気中に舞っている時間も長く、舞ってれば吸い込む事になるので、感染力も落ちるのかな?と私は勝手に思っています。

その分、寒いので皆さん、普通の風邪やインフルエンザにも気を付けてください。

さて、昨日はストレスで怒りの矛先が政治に向いていると言う内容の記事を書きました。

本当にコロナ禍で困っている人は、その怒りよりも自分の事をどうするか?しか考えられない状態に陥ってしまっていると思います。

本来であれば、そこを何とかしないといけない。

「最終的には生活保護というセーフティネットがある」

確かにそうであるが、一般市民からすると生活保護を受給するのはなるべく避けたいという思いが強いと思います。

日本人ならばその考え方になると考えます。

問題なのは、申請するのは各市町村の行政窓口です。
そこの部署、対応した職員によって受給できるかどうか判断されるのです。

対応した人間によって〇 or Xになってしまうんですよ。

中には優しい職員もいれば、厳しい職員もいる。
相手の気持ちになって申請を受けられるように配慮してくれる職員もいるでしょう。

これ、不公平感満載ではないですか?

○〇市ではXだったけど、○○市では〇だったとか。
市の予算の関係でXになるとか、対応した職員がやる気無かったとか・・・。

外人は〇だけど日本人には厳しく接するとか。

確かに担当の職員も毎日毎日、辛い話を聞くのも大変なのは事実です。

私が職員ならば、人を見れば何となく判断できそうですけどね。
ただ、そんな直感的な判断は許されない。

だから、AIなんですよ。

書類、申請内容、戸籍、顔写真含めて総合的にAIで判断すればいい。

そこには対応した人間の曖昧な評価は一切無く、受給するに見合っているかどうかだけの判断である。

対応した職員も良いか悪いかの結果を自分で出す事が無くなるので精神面で楽になるし、相手に伝えるにしてもAIがしっかりとした没理由を示すであろう。

私は人間の曖昧な判断に関わる事は全てAIに任せた方が平等性が高くなると思っています。

皆さんはどうお考えでしょうか?

判断基準は同じ、AIも同じ、人のように感情で左右されない。
結果も早い。

まぁ、先に外国人の受給を全て止めさせるのが優先ですけどね。
これは、AIに関係なく見ればわかる事なのですぐに実行してもらいたい。

以上

1月 182018
 

前記事で7年後の2025年はどうなるか?について書きました。
元号が変わり、東京オリンピックが2020年、その後のお話しです。

2025年と言えば、高齢化の波が一番大きくなる年でもあります。
それは、団塊の世代(約800万人)が75歳以上となり、以降は、国民の医療や介護の需要が、さらに増加することが見込まれています。

将来を予測していて何か考えさせられる内容になりますね。

オリンピックが終わり、建築、土地の評価額が下がり、経済停滞、そして高齢者増加による国民の負担増加(税の負担が大きくなる)などなど・・・。

どう考えても明るい未来が見えないのは私だけでしょうか。

この2025年予想については個人的に景気が悪くなる、または現状維持であると予想して書いていますが、皆さんはどういう想像をされますか?

1.景気は良くなっているはず!
2.悪くなっているはず!
3.変わらないと思う

さて、どうでしょうか?

もし、2.の悪くなっているはずとした場合は、ちょこっと税金を上げた程度では問題が解決しそうに思えないですよね。

議員の削減、公務員の削減、天下りの廃止、など税金を使っている部分にメスを入れない限り、彼らは自分達の都合の良いシステムを作り上げますからね。

大体、日本人の人口が減っているので、この減少に応じて公務員も議員も少なくさせるべきです。

基本人口が1億人=100%としたら・・・

人口が9000万人=90%(10%減)
人口が8000万人=80%(20%減) とすべきではないですかね。

それと国会議員ですが、参議院は要らないですよ。
仮に残したとしても3分の1以下で充分でしょう。
衆議院も1人、2人削減したからってやった気になってもらっては困る。

議員もそろそろ年齢制限をした方が良いと思いませんか?
75歳過ぎて脳が委縮しているような人が国を動かすような事しているのはどうかと思う。
大体、年を取ると口ばかりになって行動が伴わない。
これこそ老害ではないか。

そして、年金も基になっている厚生年金や共済年金は全て合算させて一つにまとめる。
こうしないと公務員の特権ばかり作る事になる。そして厚生年金レベルに合わせてもらう。

生活保護世帯には、世帯数に応じた食料購入費と住宅費(水道光熱費)、子どもの養育費は実費として支払うが、その他は現金の支払いはなるべく止めるようにする。
病気や高齢者以外の受給者については追跡調査を行う。
受給資格があるのは税金を納めていた日本人だけにする。

一部の人達が得をするシステム(ばらまき政策)は全て止める。

色々と問題が多い、補助金についても全て凍結。
この補助金を支払うために色々な機関を作り、そこで審査や書類のチェックをする作業が増えて、結果、公務員の天下り先になっている。補助金が一部の人達だけが扱える不明瞭で不平等な仕組みになってますよね。

そういう怪しい部分が介入する補助金システムは全て止めた方が良いのではないか。

そして消費税は10%にする。
その消費税には生活に欠かさない食品関係、医療関係、などを除外する。(贅沢品は10%)
この財源は社会福祉だけに使用する。他の財源に充てない。

高齢者の医療については、基本的に80歳以上の場合は延命処置をしない。
また、尊厳死も認めるようにする。但し年齢制限(例えば75歳以上とか)を取り入れる。

まだまだ色々と思いつく事があるので、次回に・・・。

12月 082017
 

ボーナスシーズンですね。
もう皆さんの会社は支給されましたか?

昨日は色々と税金の事について書きました。
これから日本で生活して最後を迎えるのは非常に厳しくなりそうですよね。

問題となるのは、そこに辿り着くまでの間、悩まなくてはならないことです。
いつも頭の片隅にお金や自分が病気になった時の事、そして貯金が無くなった時の事等不安なことばかりを毎日考え、生きていく事に疲れてしまうマイナスパターンです。

最近、ふと思った事は痴呆症や呆ける事は高齢者になると発症し易い病気ですが、これは人間の脳が自ら「もう辛いことを考えなくてもいいよ」、「もう忘れてもいいんだよ」という指令を出しているのではないか?と思う事があります。

ここまで来る間に、家庭問題、子どもの問題、人間関係、お金の問題、色々と悩みを重ねて来て、本来だったら投げ出したいと思ってもおかしくない状態を潜り抜けてきた人こそ、発症し易いのではないか。

脳が心配をさせない、死に対して恐怖を感じさせないためのものではないかと思っています。

健常者にしてみると、「呆けてしまってかわいそう」とか「面倒みるのが辛い」とかあるのかも知れませんが、事前に「もう前の人格ではないから悲しまないで」という事を現しているようにも感じます。

高齢者で仕事も出来なくなり、お金も無くなってしまい、生活保護を受けるという事になれば、普通の人は社会のお世話になりたくない、死んだ方がまし。と考える人が多いのではないでしょうか。

そういう考え方の人が痴呆症になれば、そんな事を考えなくなり、至って普通に社会の手助けを受け入れて心配事忘れて穏やかな最後を迎える事ができるようになる。

今の社会情勢の中で、生活をし子供を育てながら70歳で退職をしてからの30年間の生活費を貯めていくのは至難の業ではないかと思う。

今後、相続税等も上がり親からの遺産も大きく引き継ぐことが出来なくなると思う。
そうなると、生きながら心配事を抱えた人たちが溢れかえる世の中になってしまう。

ましては、正社員ではない人の割合が急増している。
サラリーマンでは年間所得が800万円以上の人は増税となる。
これは、今後、700万となり600万となり下がってくるのは目に見えている。
それと反比例するように年金は貰える額がどんどん下がっていく。

趣味もやらず、将来のために貯金をして生活するだけ。
やっと貯めたお金が底をついて、結局、生活保護になってしまう可能性だってある。

こんな生き方ってどうですか?

全然、生まれてきた意味が無いように思いませんか?
自分の老後の生活をするために若い頃から少ない給料から貯金していく。

いつかどこかで、自分の好きな事をやり楽しく生活して最後を迎えたいと考えますよね。

人間いくつまで生きれば満足するのか?

人それぞれかとは思いますが、伴侶が亡くなったとき、身体が動かなくなった時、治らない病気になった時、子どもが一人前になったとき、今はそう思うのかも知れませんが、きっとこれからは、この中に「お金が無くなったとき」という項目が入ってくるのではないかと思う。

格差社会と言うが死ぬ時にも格差が出てきそうですよね。

そう思うと、今、適当に自分の事しか考えない政治家や党、日本の社会の仕組みを考えている官僚達の罪は重いと考えるのは私だけなのか。

日本のこれからの将来像が全然見えない。