社会から開放された自由

このところまた土曜日、日曜日あたりが雨になるという悪い循環が続いてます。

天気予報をみても週末あたりに必ず雨マークが付いています。

私の場合には、花粉症もあるので雨が降った方が症状は軽くなるのですが、どうしても仕事に行くときにバイクで行けなくなるのが辛い。
小雨で夕方には雨が上がる予定の場合には強行して乗っていきますが、バイク自体を雨の中に置いておくのも辛く感じます。

乗っていて雨が降るのと乗っていないのに雨ざらしとは意味が違います。

通勤にはアドレス110を使ってますが、プラが多く使われているスクーターでも嫌な気がします。
もうバリオスなんて雨の中は乗りたくない、雨ざらしにしたくない。

元々このバリオスは雨ざらし近い状態で保管されていたようで、細かな部分の錆が多く、アルミ部分も白っぽい白錆だらけで、この錆をとる作業を少しずつやってきて今の状態になっています。

古いバイクは一度、全分解をしてフレームから何から錆をとり、アルミ部分は白錆が出ないように塗装をする方法が一番なのかも知れませんが、分解バラバラに出来る場所や工具が無い。

一番の問題は作業場所です。
多分、これはバイク好き、車好き皆さんの悩みごとではないでしょうか。

工具は少しずつ買い集めて揃える事が出来ても場所だけは無理です。
いくらバイク、車好きでも広々とした場所で作業出来ている人はごく少数かと思います。

家が賃貸の場合には、車庫が広い家や駐車場が広い家を探したりは可能です。
ただ、それで100%選択出来る訳ではありません。

駅から徒歩圏内かつ嫁さんの意見もあり、賃料を考えると非常に難しい。

私のようなパソコンも好き、バイクも好き、音楽も好き、オーディオも好きみたいな多重趣味者はその時、その時で欲しいと思う環境がコロコロ変わるのも問題です。

今はバイクが中心だが、乗れなくなる頃にはまた違う趣味に移行している可能性が高い。
仕事が無くなれば駅の近くに住む必要性も無くなる。

現在のコロナ禍同様に住む、住みたい環境が年相応、仕事相応、趣味相応で変化する。
息子が結婚でもして家を出たら尚更の事だろう。

仕事を辞めて年金生活に入ると「老けてしまうよ」と言う人がいます。
社会との繋がりが無くなり、人と接する事が少なくなるからだ。

でも、そんな事言う人はただ家でテレビを見てのんべんだらりと生活している人だ。

私は仕事を辞めた時にやっと社会から開放されたと感じると思う。
22歳から仕事をして現在61歳、65歳まで働けば43年間も社会奉仕をしたのだ。

毎日が日曜日であれば雨も気にする必要は無くなるだろう。
雨が降れば次の日やればいい。

ただ、それだけである。

老ける老けないは個人の問題。
DNAの問題かも知れない。

ただ、会社に高齢者になってまで仕事はしたくない。
年金が少なくても、それに見合った生活をすべきだ。

お金が無くても社会から開放された自由の方が私にとって大事である。

在宅ワークが合う人・合わない人

緊急事態宣言が出て在宅ワークになった人も多いかと思います。

在宅ワークに戻ったといった方が正しいでしょうか。

しかし、この自宅で仕事をする形式が合う人・合わない人がいるようです。

★合わない人の理由

・ワンルームで部屋が狭いので息苦しくなる
・会話が無いと仕事している感じがしない
・電気代など経費がかかるので嫌だ
・在宅ワーク用機器及びソフトを扱うのが苦手
・仕事以外の事が気になってしまう

という理由でしょうか。

★合う人の理由

・人と会わない会話しなくても済む
・気を使わないで仕事ができる
・他の人にあれやれこれやれ言われない
・仕事に集中できる
・精神的に疲れない

という理由です。

私的にはこの「在宅ワークが合わない人」は旧態依然とした仕事のやり方をしているのではないかという事と自分で仕事をしないで人に振っていたばかりの人など多いように思いますがいかがでしょうか。

会話が無いと仕事が出来ない。
これは女性に多そうです。

事務所にいれば仕事以外の無駄話をしたりします。
でも、仕事と直接関係するのかどうかは微妙ですよね。

その無駄話をしている人達は会話で人間関係を作っているだけの事です。
社内の人間関係を作るのは大事ですが、それが全てではありません。

逆に「在宅ワークが合う人」はこの会話の中にあまり入らない人が多いのではないでしょうか。

人間関係が面倒で疲れると考えている、かと言って仕事するのは嫌いではない。
だから家で一人で仕事している方が気楽で余計な事を考えず集中してやれる。

今まで社内評価もお口が達者な人が良かった事が多かったが、これからは「在宅ワーク」により見えないパフォーマンスで評価される事になっていく。

困ったのは「家の環境問題」です。

仕事しにくい環境(狭い・日当たりが悪い・仕事用の机が無いなど)都内では当たり前のような場所に住んでいる人も多いと思います。

まさか「コロナ禍」で在宅ワークになる事を前提に賃貸契約した物件ではありません。

でも賃貸ですから解約して通勤も出来る範囲内の郊外に、広めの物件を借りるのも悪くないと思います。広くなっても家賃は変わらない、安く済んだりしますよ。

人生上手く生きてきたと思ったら、在宅ワークになり化けの皮が剥がれた人も沢山、世の中にはいるでしょう。

いつどこに落とし穴が待っているか分かりません。

そのためにも日々精進して行きましょう!!

非常事態宣言が出ても我々の生活は変わらない

とうとう第2弾の非常事態宣言が出るようです。

海外でロックダウンしている国も多かったのに、GoToなどやっていた事で人の移動が増え、感染者が増えてしまった。

色々と言いたい事は皆さんあるかと思います。

しかし、最後は「自分次第」です。

感染する、しないは「運」があるかも知れません。

私は最初から人の運命は生まれた時に決まっていると言う考え方をもっています。

若くして亡くなる人
がんになっても生き延びる人
交通事故で急に亡くなる人

コロナで亡くなる人も同じです。
人それぞれ、生まれて死ぬまでの間に役割があるものだと思っています。

生まれた時にその星の下で運命は動いている。
だから、有名人でも一般人でも亡くなる人はいる。

問題なのはこの運命に逆らって自ら死ぬ人達です。

経済状態が悪くなれば、お金が無くなり借金の返済も食べていくお金も困るようになってしまう人が増える。

思いつめて生きていくのが嫌になってしまう。

これは本人だけではなく、家族も巻き込む事になります。

そう考えると、経済を回す事を優先的に考えるべきなのではないでしょうか。

コロナになる人はなる
回復する人もいれば死ぬ人もいる
重症化しても生き延びる人もいる

その人の生き方でそういう流れになっているだけ

コロナに感染して入院できる人、できない人が今後出てくるだろう。

ここにも、その人の「運」や「運命」が現れる。

感染者が今後も増え続けるのかどうかは誰にも分からない。

経済を回して、コロナ禍で経済的に困っている人達を直接支援していけば、自殺してしまう可能性の高い人を絶対的に減らす事は出来ると思う。

人生100年とか言っているけど・・・

実際にはどうなんでしょう。

お読みになっている御同輩の皆さん、いかがですか?

現在、95~100歳の人は昭和一桁・大正生まれの方々です。
その人達と我々、昭和30年代以降の体力を比較すると全然違います。

我々、昭和30年代と平成元年生まれの人を比較すると昭和30年代の人の方がまだ体力はあると思う。

そうです。
年々、人の体力は落ちてきているんですよ。

それに反比例して医学は進んで良くなっている。
そのお陰で延命していると思います。

今の100歳前後と言えば、自分の親たちと変わらないですが、昔の人は寒さや暑さにも強く、我々年代と違い、我慢強さもあります。

それに比べ私たちはと言えば、子どもの頃から甘い人工甘味料のジュースを飲み、保存料の入っているコンビニ弁当やカップヌードルを食べている年代ですよ。

どうみても長生き出来る環境に育ってはいないですよね。

医学の進歩を除いては、私は今の爺さん、婆さんに体で勝てる要素は無いと思っています。

子どもの頃から贅沢になってしまっているのも要因のひとつです。

食べ物もカロリーの高い物が多くなり、質素な日本食は食しなくなっています。
隠れ糖尿病が多くなってしまっている。

最近は「これではいかん」と思っている。

還暦を過ぎた私たちは、食事は「質素」にしていくべきである。
そして、食べる量も8分目にしておく。

何事も腹いっぱいまでやってはいけない。

そして日常生活に困らないような体力作りも必要だ。

仕事を辞めて、体を動かさなくなると一気に老け込んでしまう。
この老化が病気の元でもある。

朝はいつも通りに早起きをして、一日のリズムをきちんと作る。
午前、午後と何かしら体を動かす事も必要だ。
それは散歩でも庭の草むしりでも構わない。
食事する時間も決めて、体内時計を狂わせないようにする。

隠居後は毎日、笑顔で楽しく生活する事が基本だと思う。

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