令和時代の我慢出来ない人達

今はコロナ禍で感染者が増えたり減ったりしています。

緊急事態宣言解除が今月の21日に予定されていますが、決して感染者が減って解除するのではなく、非常事態宣言下でまた増え続けてしまう恐れがあるための解除という事なのではないでしょうか。

そうです。

意味無し非常事態宣言になる。
麻雀で言えば、役無上がりで満貫払いですよ。

国民に満貫払いでしょう。

ワクチンの接種が開始されてからは、なぜか雰囲気がコロナ禍が収束したかのような街の賑わいが戻ってきてしまいました。

いい加減、じっとしているのも飽きた。
もう我慢できない、ほっといてくれ!
一人で飲むのはもう充分だ!
みんなで飲みたい!カラオケで騒ぎたい!
花見にも行きたい!

そんな声が聞こえてきそうです。

家の奥さんにも飽きた!
キャバクラの姉ちゃんと話がしたい。

これはまずい。

そんな事を本気になって奥さんに言ってしまったら大変ですよ。
それこそコロナ離婚となってしまいます。

しかし、このコロナワクチンも色々と問題が発生しています。

打つのも自由、打たないのも自由です。

あなたは打つ派?打たない派?

情報も色々ネット上で溢れているのであえて書きませんが、個々自己責任という事でお願いしたいと思います。

私ですか?

私は親より健康の体をもらっていますのでDNAを傷付けたくありませんので、安心できるワクチンでは無い限り拒絶しようと思っております。

無趣味なおやじはこれを読め!!

60歳の還暦を過ぎると何となく先が見えてきます。

ただ、先が見えると言っても暗い話では無く、人生の中で一番自由な時間が使える楽しい事でもあります。

これが、人に依っては「苦痛な時間」になってしまうようです。

その人達は「仕事が趣味」、「人と常に接していないと気が済まない」、「仕事の役職や立場が染みついて抜けていない」等あるようです。

そして、私が良く言う「無趣味」な人です。
まぁ「仕事が趣味」という人達なので、普通の趣味は理解できないのかも知れません。

でも、これから空いた時間は何かをしないとつまらない人生になってしまいます。

無趣味な人は、地元の自治会の役員をしたりするみたいですが、これが上から目線の発言連発で周囲の人から嫌われてしまう方も多いようです。

仕事の職責が抜けきっていないので、何でも人任せで人にやらせようとする。
自分はのけぞって口だけです。

喋る事は「自分の自慢話」と「人の悪口」ばかりです。
「あの人はあ~だの、こ~だの」と人間評論家ですよ。

家でも奥さんや息子、娘達に嫌われ、家に居ては困るような扱いを受けているにも関わらず、自分の生き方を変える気配もない。

いくら資産があっても・・・
いくらお金があっても・・・・

それは人生最後に来て、悲しい運命が待っているように思います。

どんな偉い人でも、高齢者になればただの爺さん、婆さんですよ。
周囲のみんなに愛される生き方に変えないと何の面倒も見てくれませんよ。

「家で死にたい!」と言っても呆けてくらば「介護施設」に入居させられ、面会にも家族は訪れる事なく一人淋しく死ぬことになるでしょう。

還暦を過ぎて隠居したら、もう第一線から外れているんだという意識を持つべきです。

もう息子たち、後輩たちの出番であり、隠居した者は静かに見守っていればいい。

決して偉そうな事は言うな。

今までは自分の周りの人達が自分を盛り上げて助けてくれていた。
今度は、自分が周りを助け、盛り上げてあげる番である。

それは家族であり、仕事先の部下であったりする。

隠居しても隠居者なりにやる事はある。

バイク日和でした!

10月25日は天気も良くバイク日和でした。

前日の土曜日にバリオスを磨ききれいになっていたので、いつもの宮ケ瀬ダム周辺に走りに行く事にしました。

私がバリオスを定期的に乗る維持運転コースは50~60kmの距離となります。
時間にすると2時間~3時間(途中コーヒータイムを入れて)ほどです。

お昼を食べてから12時半頃に出て、3時頃に自宅に戻る事が多い。
本気で乗ろう!と思う時には午前中から乗り一日100kmの乗るようにしています。

いつもボッチなので行きたい場所はその日に決めています。
宮ケ瀬ダム周辺に行くのは信号が少なく走りやすいからです。

その分、他のバイクも多く気にしながら乗る時も多々あります。

最近多いのが、大型車のわがままな運転でしょうか。

車の後ろを走行していて、右から追い越していく。
先の信号は赤なのに・・・。

信号待ちで発進したところで後ろからフル加速をする。
こんな場所で抜かれると言う意識が無いので驚いてしまう。

日頃、大型車のエンジンが全開に出来ないからといって混雑しているところでフル加速をしなくても良いのではないかと思う。

これは「おまえら中型車とは違うんだよ」と見せつけるためなのかも知れない。

大体、こういう輩は姿格好もだらしない。
薄汚れている。

一般道を走行する時には排気量を問わず、同じ二輪に乗っている人達に敬意を払う必要があると私は思っている。

車と同じ速度で走行している時には前に走行しているバイクが原付であろうと125ccであろうと抜くことはしない。少し離れて後を付いて行くスタイルです。

そのような流れをブチ壊すのが大型車に乗った輩である。

後ろから追い越して来て、急に割り込み、また強引に抜いていく。

「小さなバイクはどけ!」と言わんばかりの走り方なのだ。

大型車の事故が多いのもこのような事が要因であるのではないかと思う。

一般道で他のバイクや車に迷惑な走行はいかがなものか。
そんなに全開走行したければレース場に行けばいい。

そんな一部の大型車に乗っている輩達のお陰で「だからバイク乗りは・・・」と言われてしまうのだ。

車でも同様だが「排気量が大きい事が偉い」訳ではない。

バイクの大型車=バイクの上級市民
と言う感覚を大型車乗りは思っているのかも知れない。

大型車に乗っている人こそ、他のバイク乗りの人達に敬意を払い、公道では安全な運転をしてもらいたいと思う。

仕事先の廃棄する古いノートPCを活用する

ノートパソコンというのは、モニターからキーボードまで一体化しているので古くなったら再利用が利かないという弱点があります。

正常に動作していてもCPUが古い、OSが古いでは使い道が限られてしまい、特にwindowsの場合にはXPやらwindows7やらのupdate期限が切れてしまうと、新しいOSに入れ替えられないスペックのものは廃棄される運命にあります。

私がいくらPCが好きでも全てのPCを救う事は出来ません。

デスクトップであれば出来る限り再利用可能な部品を取ったり、上位のCPUに入れ替えたりをして使えるようにしますが、ノートPCでは手間がかかるだけで再利用という面では難しい機種でもあります。

仕事場で2台のノートPCの廃棄が出てきました。

1台はwindowsXPでメモリも1GBのもの。
もう1台がPentium DualCoreのメモリ4GBのものです。

XPは前から使用をしていなかったのだが、棚の奥にしまっていたため誰の目にも触れず密かに隠れていました。

PCはこのノートPCでも上位のクラスの機種ですが、いかんせんスペックが低すぎる。

Linuxでも入れて勉強用には最適なのかも知れないが、私の仕事場でLinuxを勉強しよう!なんて考える人は誰も居ない。

とりあえず私の机の脇で少しの間保管をしてみる事にする。

もう1台のDual CoreについてはLinuxで使えそうである。
SSDに入れ替えなくてもサーバーにする訳でもないので自分用のPCと考えた。

自分が普段使っているwindows10のデータバックアップ及びサーバーへの接続用としての使い道である。

普段使用しているwindows10はDELL製品で第2世代のCore-i3が入っているが、いかんせん古く、今は調子よく動作しているがいつどうなってもおかしくない品物でもある。

このPCには私が作ったデータベースやらサーバーのID、パスワードから資料が沢山詰まっており、Linuxで作ったサーバーにもデータは退避させているが、サーバー自体も同じ時期のDELL製品で作ったものであり、怪しいと言えば怪しいのである。

ノートパソコンであれば、データをバックアップする時だけ起動し、保存している間は電源を入れなくて済むので安心と言えば安心である。サーバーのように常時電源ONの状態であれば、急な停電やマザーボードの故障などいつ起きてもやむ負えないが、電源OFFであれば機器の寿命も伸ばす事が可能だ。

資料が必要になった時もノート毎移動させる事も出来るし、大きなUSBメモリと考えても良いのではないだろうか。

インストールは使い慣れているCentOS-6の最終Verとした。
仕様はデスクトップとしてセットアップをした。

Sambaを設定し、ネットワークでホルダーが見れるようになれば完了である。

少しずつ大事なデータを移動させていく予定である。
一度に大量のデータを移動させるとエラーを起こしやすくなるので一度に沢山のデータは数回に分けて移動させるようにした。

やはりサーバー以外に自分用のLinuxマシンがあるのは何かと便利である。

ちょっとしたLinux設定の勉強や忘れがちなコマンドを思い出したりする事が可能だ。

雀百まで踊り忘れずですね。

皆さんも古いノートパソコン捨てずに再利用してください。

Linux入れれば何かしら得る物があると思います。

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